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十三 主の捕縛



 こうしてかれらが争っている間に、イエズスは三人の使徒と共に通路に出た。この騒ぎに他の八人の使徒もゲッセマネの園から出て来た。兵士たちはこれを見て四人の獄吏を応援に呼んだが、ユダはこれを呼びたがらずかれらと激しく議論した。イエズスと三人の連れはたいまつの光や武装した兵を見た。するとペトロはただちに暴力でかれらに向かおうとして叫んだ。「主よ、ゲッセマネから来た八人も直ぐそこにいます。みなで獄吏に打ってかかりましょう」しかしイエズスは落ちつくように命じ、かれらと共に二、三歩道から離れて草の生えている方に戻られた。ユダの計画はすっかり狂ってしまい、裏切り者は怒りにもえ凶悪そのものになってしまった。四人の使徒はかれの方に近づき、一体ここに何が起こっているのかと尋ねた。ユダはうまくかれらをごまかそうとしたが兵はかれを放さなかった。

 イエズスは喧嘩をしている一団の方に近づき、大きな声ではっきりとお尋ねになった。「だれを探しているのか?」兵卒の指揮官は言った。「ナザレトのイエズスだ。」イエズスは「わたしがそれだ。」とお答えになった。しかし主がこう言われるや否や、かれらは痙攣にかかったように後ずさりをし、重なり合って倒れた。そばに立っていたユダの計画はますます混乱してしまった。かれは主に近寄りたげに見えたが、主は手をあげて言われた。「友よ、何のために来たのか。」ユダは狼狽し、しどろもどろに自分のした仕事のことを口走った。しかしイエズスは大体「本当におまえは生まれなかった方がよかったものを」というようなことを言われた。けれどもわたしはこれらの言葉をもはや正確に覚えていない。その間に兵士は再び起き上がり、主に近寄って来てユダが合図するのを待っていた。しかしペトロと他の使徒たちは裏切り者を取りまいて激しくとがめた。かれはうそを言って使徒たちから逃れようとしたが、兵卒たちがユダを庇おうとしたので、それが証拠となってばれてしまい成功しなかった。

 しかしイエズスはまたもや「あなたがたはだれを探しているのか!」と言われた。かれらは主の方を振り向き再び「ナザレトのイエズスだ!」と言った。イエズスが「わたしがそうだ!わたしがそうだと言ったではないか!もしわたしを探しているのならかれに手をかけるな」とおっしゃると兵卒たちはまたもやてんかん持ちのように、ふらふらと倒れてしまった。イエズスは兵卒らに「起きよ!」と言われた。するとかれらは起き上がったが、恐ろしさにおののいていた。ユダはなお使徒たちと口論していたので、見張り人は再びかれを庇おうとその方に行った。そこでユダはその苦境から逃れることが出来たが、兵卒たちは打ち合わせの合図をするように迫った。かれらはユダが接吻するもの以外は決してつかまえてはならぬと命ぜられていたからである。それで裏切り者は主に近寄り、主を抱いて「主よ、安かれ」と言いながら接吻した。イエズスは「ユダよ、おまえは接吻をもって人の子を裏切るのか。」と言われた。すると兵卒らはまわりから主に迫った。獄吏は主に手をかけた。ユダはその隙に逃げようとしたが、使徒たちがかれをつかまえた。そうして兵卒たちの方に押し迫りながら「主よ、剣で切り込んでよいでしょうか。」と叫んだ。しかしペトロは非常に憤慨して剣を握るやいなやマルコに斬りつけた。大祭司のこの下僕はペトロを押し返そうとしたが、ペトロは下僕の片方の耳を切り落とした。男は地面に打ち倒れた。混乱は一層大きくなった。

 しかしイエズスはただちに言われた。「ペトロ、剣をおさめよ。剣を執るものは剣で滅びる。おまえはわが父に十二軍団にも余る天使を遣わしたもうように、わたしが願えないと思うのか。どうしてわが父がお与えになる杯を飲まないでよかろうか。杯を飲まずしてどうして書き記された事柄が成就出来よう。」主はさらに次のことも仰せられた。「あの人を癒そう。」そして主はマルコに近づきかれに触れて祈られた。すると耳は再び癒えた。役人たちは嘲笑って兵卒たちに言った。「奴は悪魔とぐるになっているんだ。魔術で耳が切れたように見せかけておいてまた魔術で直したんだ。」

 その時、イエズスはかれらに「あなたがたは剣や棒を持ってわたしを人殺しのようにつかまえに来たが、わたしは毎日神殿であなたがたを教えていたのに、なぜその時わたしに手をかけようとしなかったのか。しかし今や、あなたがた闇の権力の時だ。」と仰せられた。かれらは獄吏たちに主の捕縛を命じたが、兵卒たちは主に触れずただその場を警戒していた。

 獄吏たちはファリザイ人が続けざまに罵り騒いでいる間に、非常に乱暴に主に縄をかけた。この獄吏たちは最も下等な部類の異教徒で、小柄で褐色の皮膚を持ちちょうどエジプトの奴隷のように見えた。

 かれらはイエズスの手を残酷なやり方で胸の前に縛り上げた。すなわち右の腕関節を左の前膊で肘関節の下に縛り、左の腕関節を同様に右の前膊に縛り上げた。かれらはその際、肌に食い込むような真新しいゴツゴツした縄を使って無慈悲にもがっしりと固く締め上げた。また腹部にトゲの出ている幅広の帯を締め、この帯に固定されているなめし皮、あるいは柳の輪におん手を縛りつけた。お首のまわりにはトゲのあるバンドを締め、そのバンドから二本の細長い皮を胸の前にたらし、それをまた帯にしっかり結びつけた。この帯の四カ所に長い縄を縛りつけ、それをもってわが主をあちこちと好き勝手に引きずり回すことが出来た。

 かくて残忍きわまりなき行列は動き始めた。かれらはまた二、三本のたいまつに火をつけた。先頭には十人の見張りが立ち、次いで主の縄をひいた獄吏がつづき、次に嘲りわめくファリザイ人が来て、しんがりは残りの十人の兵士が勤めた。弟子たちは嗚咽しながら夢中でさまよい歩いていた。しかしヨハネは少し離れてついて行った。ファリザイ人はそれに気づいて、兵にヨハネをつかまえるように命じた。するとかれらの数人は後ろへ振り返り、ヨハネ目がけて走った。しかしヨハネはすばやく身をかわした。兵士たちはヨハネの首の汗拭きをつかんだが、ヨハネはそれをかれらの手に残して逃げおおせることが出来た。かれは走りやすいようにマントを脱いで、軽い袖のない下着と汗拭きだけ身につけていた。この布で頭や首や腕を包んでいた。

 獄吏たちはあらゆる方法で主を引きずり回しあるいは虐待し、また主に対し憤怒と悪意に満ちていた六人の役人に対する下劣なお世辞とへつらいから、もっぱら意地悪な悪ふざけをした。かれらは主に石ころや芥の上の歩きにくい道を通らせ、縄を長く引っ張って自分らはよい所を歩いた。また縄の端の結び玉をしっかりつかみそれで主を殴りつけた。特に聞くに耐えない怒りの感を起こさす最も卑しい嘲笑を浴びせかけた。

 イエズスは裸足であった。主は肌着のほかに羊毛で編んだ縫い目のない襦袢と、上着とを着ておられた。

 この行列は非常に早く進み、オリーブの園と、ゲッセマネの園との間の道を通り抜けた所でケドロンの小川にかけられた橋の方に曲がった。この橋に来る前に獄吏たちが無慈悲にも縄を引き回したので主はすでに二度も倒れた。しかし橋の中央に来るや、イエズスに非常な悪意のこもったいたずらをした。かれらはしっかりと縛りつけ縄で引きずっていた主を、人の高さよりも高い橋の上から川の中に突き落とし、「さあ腹一杯水が飲めるぞ。」とやじりたてた。イエズスがこの時、瀕死の重傷を負わなかったのはただ神の助けであった。主はまず膝をついてがっくりと落ち、次いでお顔をしたたか打たれた。わたしは主がオリーブ山で非常なお渇きにもかかわらず、水をお飲みになったのを見なかった。しかし今、ケドロンの流れに突き落とされた主は苦しそうに水を飲んでおられる。その時主は「道ばたの小川で水を飲む」と言う預言的詩編の成就されたことを言われた。

 獄吏たちは橋の上から絶えず長い縄で主をつかまえていた。かれらは再び主を引き上げるのがその場所では面倒だったし、また向こう側はけわしい土堤であったから、川の中の主をもう一度縄でうしろに引き戻し高い岸の上に引き上げた。それからかれらは主を嘲笑したり呪ったり突き飛ばしたり引ったくったりしながら、二度目に橋の上を駆りたてて行った。主の長い羊毛の着物は水で重くなり、手足にぐっしょりとまつわりついた。主はやっと歩んで行かれたが、橋を渡った所でまたもや地面に倒れた。かれらは縄をもって主を殴りつけ、高く引っ張り上げた。そして憎むべき罵倒の言葉を吐きながら、ぬれた主の着物を腰帯の間にはしょり上げた。

 わたしはかれらが主をとがった石や岩の端くれの上を歩かせ、あざみやいばらの中を残忍にも引きずり、呪ったり、殴りながら川の向こうがわを駆りたてて行くのを見た。凶悪な六人の役人は道が広い時は近くに寄って来て、手に持った小さな棒で主をたたいたり小突いたりし、また嘲弄の言葉をもって主をなぶった。獄吏が主をいばらや石ころの上を引きずって行く時、かれらは嘲りながら言った。「奴の先駆者は何だ。ちっともよい道を準備しておかなかったじゃないか」またかれらは次のように言った - 「『われなんじの道を直くせん。われ、天使を送らん』と言うマラキアの言葉はここでは当てはまらないな。一体、自分の道を直くするためになぜこいつはヨハネを死からよみがえらせないのだろう。」 - かれらはそう言ってふざけ笑いをした。すると獄吏たちはまた新たな乱暴を加えた。

 しばらくするうちに、かれらは遠くの方にちらほらと幾人かの人が浮かび上がり、歩き回っているのに気がついた、イエズス捕縛の計画の噂にベトファゲ、また他の多くの隠れ場所から弟子たちが主がどうしておられるかを見ようと集まって来たのである。敵たちは弟子たちがおそいかかり、囚人を奪い返すのではないかと心配しだした。それで待機させておいた予備軍を増援に来るように城門外の町の方に向かって合図の叫びを送った。

 わたしは一番近い城門から五十人ほどの一隊が護衛隊を増強しようとして出て来るのを見た。かれらはいくつかのたいまつを持ち、あたかもその到来を知らせ、また相手の隊にその成功を祝うかのように、はしゃぎたてながら来た。かれらが合流し、騒々しく挨拶している間に、マルコと他の二、三の者がこっそり離れてオリーブ山の方に逃げていったのを見た。

 かくてそのあたりにうろうろしていた弟子たちは散らばってしまった。

 わたしはまた、聖母が憂いと悲しみのうちに数人の敬虔な婦人たちと共に再びヨザファトの谷に行かれるのを見たが、ラザロと他の二、三人の弟子たちもいっしょであった。かれらは婦人たちに知らせを持って来たのである。そのうちに叫び声を聞き、両方の合流した部隊のたいまつを見たので、聖母は再び少し戻られ、一行が通り過ぎるのを待ってその同伴者と共にマリア・マルコの家に戻られた。

 裏切り者のユダは大祭司に、一行が通らねばならぬオフェル地区の住民たちはほとんどイエズスの帰依者であることを注意したが、かれらは貧しい職人、日雇い、神殿用の材木や、水の運搬人たちであった。イエズスはここで貧民たちを慰め、かれらを教え、かれらに施しなどをお与えになったことがあった。一大崩壊の惨事の折り、負傷した人々をたくさんいやしてやられたこともあった。この人々の内の大部分は後日聖霊降臨の日に最初の教会の団体に加わった。祭司長は町の全区域を兵卒に警備させた。

 オフェルの善き住民たちは近づいて来る兵卒の叫び声に眠りから覚まされ、家を出て何事が起きたのかと兵卒たちに聞こうとして城門の方に押しかけたが、兵卒らの罵倒と乱暴によって、家の中に追い返されてしまった。兵卒たちはその時、嘲りながら言った。「おまえらの偽預言者、イエズスがつかまって引きずられて行くところさ。大祭司さまが奴の悪事にとどめをさすことだろう。やっぱり当然磔刑ものさ。」するとたちまち大きな嘆きと同情とが全区域に満ち溢れた。貧民らは男も女も嘆きつつ、駈け回り、地にひざまずき、イエズスのあらゆる善業を思い出しつつ、天に向かって叫んだ。しかし兵卒らはかれらを殴ったり、突き飛ばしたりして駆り立てながら叫んだ。「奴が民衆の扇動者だという証拠がこの通りちゃんとあるじゃあないか。」しかしかれらを完全に静めることは到底出来ず、ただ住民を興奮させぬようにあまり乱暴なことは控え、道を空けておくようにするだけ努力した。そのうちに暴行の限りを加えられたもうた主を引いた悲惨な行列が近づいて来た。わが主は何度も地上に打ち倒れ、もはや一歩も進み得ぬようであった。その時同情心のある兵卒がその機会を捕らえていった。「このみじめな人がもはや一歩も歩けぬことはおまえたち自身もよくわかっているじゃあないか。もしおれたちがこの人を生かして大祭司の所に連れて行くつもりなら、少なくとも手の縄ゆるめて倒れた時に手をつけるようにしてやらなきゃ。」かれらが立ち止まって主の縄を少しゆるめてやっている間に、他の親切な兵卒が近くの井戸から飲み水を少し持って来て主に差し上げた。イエズスはその男に感謝され、主がかれに飲ませるであろう生ける水について二言、三言お話になった。それを聞いてファリザイ人は再び主を嘲弄し始め、主に「おおげさなことを言ったり、神を冒涜したりするな、もはや人に水を飲ませてやるようなことなどあるものか。」と言った。しかし主の縄をゆるめ、水を捧げた二人の兵卒の心が光を受けたことが私に示された。かれらはイエズスのご死去の前に改心し、後に弟子として団体に加わった。わたしはその時のかれらの名も弟子となってからの名も覚えていた。しかし今はそれらの多くのことを忘れてしまった。

 オフェルの町の住民たちは、主がその町を引かれて通りたもうや、心を裂くような悲嘆の叫びを上げた。兵卒たちは四方から押し寄せてくる大勢の男や、女たちを、大変骨折ってやっとささえていた。かれらは手をもみよじりながら、押し迫り、ひざまずいて打ち伏して口々に叫んだ。「この人をわたしたちのために放して下さい!この人をわたしたちのために放して下さい!今後だれがわたしたちを助けてくれるのです?だれがこれから癒し慰めてくれるのです。この人を、わたしたちのために自由にして上げて下さい!」それは心裂かれる光景だった。イエズスは青ざめ変わり果て、疲れ切り、髪は乱れ、ぬれた着物をまとっておられた。そして恥知らずな半裸体の獄吏どもから絶えず追い立てられながら、傲慢な兵卒たちに引きずられ、感謝に燃える民衆の殺到する中を行かれた。主に不具をいやしていただいたものは手を差し伸べ、おしをいやしていただいたものは舌をもって懇願し、目に再び光を与えていただいたものは自分の目で見、かつ泣いた。

 すでにケドロンの谷から野次馬たちは嘲笑を浴びせながら、この行列について来たが、この者どもまでが、オフェルのよい人々を嘲り、侮辱する仲間に加わった。

 兵卒たちが主をこの町まで引いて来た時、かれらはこの野次馬どもがついて来ぬように差し止め、アンナの家の方に曲がって行った。

 ほどなくオフェルの住民たちは新たな出来事に出合って、またまた同情心を駆り立てられ、一層恐怖と悲嘆とに満たされた。それは主の尊きおん母が同伴者と共にヨザファトの谷から来られ、マリア・マルコの家に行かれたからである。よき人々は聖母を認めるや、再び悲嘆の声をあげ、ご心痛に溢れた聖母に押し迫った。周囲に集まった大勢の者から聖母はほとんどかつぎ上げられるほどであった。

 聖マリアは家に戻られてからは苦しみのあまり、黙って一言も仰せられなかった。ヨハネが戻って来た時、かれに出来事をお尋ねになった、かれは晩餐の広間を出てから、逃げるまでのことをすっかり説明申し上げた。後に聖母は町の西側にあるマルタの家に行かれた。

 行列が街に着くと、ペトロとヨハネは大祭司の下男でヨハネの知っている二、三人の所へ急いだ。二人はこの下僕たちの仲立ちで主が取り調べを受ける法廷に入る機会を得ようと思った。このヨハネの知人というのは官庁の一種の小使いのようなもので、今、衆議所の議員を召集するために市中を駆けずり回らなければならなかった。かれらは二人の願いを喜んでかなえてやろうとしたが、自分たちが勤務の時に用いるマントを、二人にかけてやるほかは何とも方法がなかった。それでもこうして二人は後から法廷に入ることが出来た。そこには兵卒と買収された証人や、無頼漢たちしかはいれず、それ以外の者はみな追い出されてしまった。しかしニコデモとアリマテアのヨゼフ、ならびにイエズスに好意を持っている衆議所に属する人も何人かそこにいた。ユダはその間狂った犯罪者のように悪魔に駆り立てられ、エルサレムの南側のけわしい地帯をうろつき回っていた。




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